『恐怖分子』や『牯嶺街少年殺人事件』などで知られる台湾を代表する巨匠エドワード・ヤンの遺作であり集大成である本作は、公開から四半世紀を経た今、4Kレストア化された比類なき傑作だ。
本作は、台北の高級マンションに暮らす一家を中心とする、少年とその家族が経験するひと夏の出来事を、時に残酷で時にまばゆいほどの映像で描いた物語である。台湾と日本の合作として製作され、台北と東京、熱海を舞台とし、イッセー尾形ら日本の俳優陣も参加している。

Ⓒ1+2 Seisaku Iinkai
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本作の国際的な評価は極めて高い。2000年に第53回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。さらに、2016年の英国BBC主催「21世紀の偉大な映画ベスト100」で第8位に選出され、2023年にはハリウッド・レポーターによる「21世紀の映画ベスト50」で堂々の1位に輝いている。北米のレビューサイトRotten-Tomatoesでも、批評家からは97%フレッシュという高スコアを維持しており、時を経てなおその評価が高まり続けている作品である。4Kレストア版は2025年に第78回カンヌ国際映画祭クラシック部門のオープニング作品としてお披露目され、惜しみない賛辞を受けた。予告篇の演出を務めた岩井俊二監督も、「まさか『ヤンヤン』が最後の作品になるとは思わなかった。歳月は過ぎたが、エドワードの作品は今もまったく色褪せない」とコメントを寄せている。
本作は、きわめてパーソナルでありながら普遍的なホームドラマの傑作である。約3時間の上映時間のなかで、台北という都市の時間の流れと、ひとつの家族に起きるささやかな事件が、観客の胸にじわじわと染み込んでくる。
物語は、タイトルにもなっている少年ヤンヤンの叔父の結婚式を境に一家の歯車が狂いはじめる。

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父NJは行き詰まった会社の経営を立て直すため日本へ旅立ち、そこで初恋の人との再会に心が揺れる。
母は新興宗教に走り、姉ティンティンは複雑な恋愛関係に巻き込まれていく。
エドワード・ヤン監督は、複数の登場人物の視点を丁寧にすくいとる群像劇としてこの作品を撮ったのではないだろうか。
なぜなら観客が「これは自分の物語でもあった」と感じる力があるからだ。
映画が見つめているのは、誰かを思いやることを忘れかけたときににじむ孤独や不安であり、それがやがて人生というスケールにまでふくらんでいく。
登場人物各々のドラマは決してドラマチックな解決を迎えないが、その「答えの出ない」日常の断面こそが、人生であることを示唆している。
また、この作品で唯一の子どもであるのがヤンヤン。彼だけが純粋な好奇心を持って日常を送っている。

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彼は物語をぐいぐい引っ張る主人公ではないが、そのまなざしは常に真実を見つめている。ヤンヤンが父親から与えられたカメラで人々の「背中」ばかりを撮る行為は、当人には見えない自分の一面を他者がそっと引き受けるという、映画そのものの役割を象徴しているのだ。
大人たちが行き詰まりを抱えるなかで、彼の好奇心と不器用な優しさが小さな希望として画面に輝き続ける。
つまり本作は、「子どもの眼差しによって救われている大人たちの映画」であると言えるだろう。
また、劇中、イッセー尾形演じる大田が発する「なぜ私たちは”初めて”を恐れるのか。人生は毎日が”初めて”だ」という言葉は、人生を前に進める上での重要なテーマだということが、終盤に連れて明確になっている。
『ヤンヤン 夏の想い出』は、派手な演出はないが、「日常がそのまま映画になる」という非常に難しい偉業を成し遂げた作品だと言える。
淡々とした時間の流れのなかに、人生の痛みとささやかな希望が折り重なり、その積み重ねがラストには大きな感情のうねりとなって押し寄せる。
この映画は、観客に「人生にやり直しは必要ない。今ここにある自分の生活を、もう少し丁寧に見つめてみよう」と静かに背中を押してくれる一本である。

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2025年12月19日(金)
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、109シネマズプレミアム新宿 他 全国公開