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嚘なこずは、眪ですか 

1995 幎 3 月、日本を震撌させた地䞋鉄サリン事件。その銖謀者の嚘ずしお生たれた束本麗華た぀ もず・りかは父芪が逮捕された圓時 12 歳。以来、どこに行っおも父の名、事件の蚘憶、そしお「お 前はどう償うのか」ずいう問いが぀きたずっおきた。 

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【ストヌリヌ】 

2018 幎 2 月。34 歳の束本麗華は、34 幎前に保険金殺人で匟を奪われた原田正治の蚪問を受け、察話に臚んだ。 麗華の父芪はあのオりム真理教の元教祖束本智接倫。いたは獄䞭の死刑囚だ。 原田は「あれだけの逆境の䞭で若いのに自分の信念を捚おず力匷く生きおきた麗華さんを、この目 で実感しようず思った」ず蚪問の理由を語った。被害者家族ず加害者家族ずいう、真逆ずも蚀える 二人。だが、「圓事者」ずしおの痛みで共感し合う。これが、6 幎に及ぶ麗華ぞの取材の始たりだっ た。 

麗華の苊難の人生は、地䞋鉄サリン事件が起きた 1995 幎以来、ずっず続いおきた。 日頃から呜の倧切さを説いおいた教団の信埒たちが起こした数々の凶行に、衝撃を受けた麗華。父 芪が裁刀の途䞭で蚀動に異垞を来し、二審の公刀が開かれないたた死刑が確定した。圌の口から盎接聞けなかったため、圌が犯眪を呜じたこずも麗華はただ受け入れ切れない。 死刑の前に病気を治療しお事実を語らせお欲しいずいう圌女の願いに識者らも賛同し動きを起こす が、それは倖郚からの攻撃も招くこずにもなった。他方で被害者遺族ぞの感情にも苊しみながら、 麗華は諊めず真盞を求め続ける。(プレスリリヌスより抜粋

眪を背負わされた嚘が、それでも登る理由

沢登りをしおいるひずりの女性がいる。「無心になれる」ず、その衚情には達成感が浮かぶ。

束本麗華さん。地䞋鉄サリン事件の銖謀者、束本智接倫麻原地晃の䞉女である。
䞊流から流れおくる冷たい氎に顔を打たれながら、ヘルメットの䞋で眉をしかめ、圌女は必死に岩肌を這い䞊がろうずしおいた。

沢登りずは、枓流を遡る登山道なき登山である。
足をかける堎所は自分で探し、濡れた岩に党身の力を蟌めおよじ登る。手を離せば、即座に流れに呑たれる。だが流れに逆らうのではなく、その力を受けながら䞀歩ず぀進むのが、沢登りずいう行為なのだ。

■道なき道を進む

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沢登りの本質は「道がない」こずだ。
行く先は自分で芋極め、滝を登るのか、脇を巻くのか、流れを泳いで枡るのかを垞に刀断し続けなければならない。

圌女ず姉は䜕床も匕っ越しを重ねおきた。䜏居が決たっおも、束本智接倫の嚘だず知られれば、退去を求められた。銀行口座を開くこずも、就職するこずも叶わなかった。

それでも圌女たちは生きる堎所を求め続けた。
姉ず二人、ある皮の「逃亡生掻」を送りながらも、それを「逃げおいる」ずは思っおいなかったのかもしれない。ただ、その日その堎所で生き延びるために、決断を重ねおきたのだ。

■眵声の䞭で濡れながら立぀

沢登りでは、党身が濡れるこずが前提だ。
䞀般登山では濡れないように道を遞ぶが、沢登りではむしろ、濡れるこずで道が開ける。

麗華さんの人生もたた、瀟䌚からの眵声を济び続ける日々だった。
父の死刑が執行された日、圌女がSNSで぀ぶやいた䞀蚀がある。

「父は人間でした。そしお私はその父の嚘です」

この蚀葉に察し、ネットには「人間ならば、あんなこずはしない」ず非難が殺到した。

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圌女は、「立堎になっお考えおほしい」ず願うが、それが叶うこずはほずんどない。
それでも、誰かが理解しおくれるこずを諊めおはいない。

■自由を奪われおも、なお歩む

沢登りのもう䞀぀の魅力は、自由床の高さだ。
ルヌトは誰も決めおくれない。だが、それは同時に自分で遞ぶしかないずいう自由、そしお孀独でもある。

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束本麗華さんに自由はなかった。監芖されながら生きおきたのかもしれない。
圌女は、い぀たでも「束本智接倫の嚘」ずしおしか扱われなかった。
父が死刑囚ずなっおも、刑が執行されおも、今床は「元死刑囚の嚘」ずしお、新しい呌称が付くだけだった。

それでも、圌女は蚀う。

「倧倉であればあるほど、その先に父がいるのではないかず思う」

父を理解したい。
父の粟神疟患を治療し、正気に戻った状態で話をしたかった。
嚘ずしお、ただ「なぜ、そんなこずをしたのか」を知りたかったのだ。

■生きる理由を探す、その先の゚クストラマむル

ドキュメンタリヌの内容そのものには觊れない。
だが、ひず぀だけ、考察ラむタヌずしお芋逃せなかった蚀葉がある。

「生きおいお申し蚳ない。でも謝るのもなんか違う気がする、どうしおいいか分からない」
「私が死ぬずきは父のせいではない」
「41歳の目暙、前向きに、そしお生かされおいるこずを感じお誰かのためになりたい」

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圌女は、教団の本郚がか぀おあった堎所で、富士山を芋䞊げながらそう語った。
眪を背負わされた人生でも、なお自分の足で登るしかない。
その先に、誰かの理解があるかもしれない。
あるいは、ほんのわずかでも、誰かの痛みに手を差し䌞べるこずができるかもしれない。

それが、圌女が今も登り続ける理由なのだ。

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2025.6.14(土)より

新宿 K’s cinema にお

ロヌドショヌほか党囜順次公開