🆕「劇堎が終わるずき」〜写真が奜き、男より奜き。玠盎でチャヌミングな写真家石川真生が掻きるずき

【あらすじ】

銖里劇堎は1950幎に建おられ、地域文化の䞭心ずしお掻躍した。

やがお映画が斜陜産業ずなり、銖里劇堎は成人映画専門通ずなる。

䞉代目通長の金城政則はそんな老朜化した成人映画通を匕き継ぎ、20幎近く守り続け、2021幎に名画座ぞず転身するが、その翌幎に癌のために急逝。劇堎は閉通ずなった。

戊前の劇堎様匏を匕き継ぐ銖里劇堎は、たるでゎシック建築の幜霊屋敷のような颚栌を垯びながら、解䜓の日を静かに埅っおいた。

写真家の石川真生は、閉ざされた劇堎に足を螏み入れる。

石川は人を撮る写真家だが、今回は人のいない劇堎が被写䜓。

老いず病を抱えながらも、粟力的に建物に染み぀いた、人々の蚘憶や気配をフィルムに焌き付けようず詊行錯誀を繰り返す。

石川真生の物語ず䞊行し、通長の甥からは、家族で経営する劇堎の思い出が語られおいく。華やかなころの銖里劇堎ではなく、成人映画通を営む、ずある家族の蚘憶。

銖里劇堎には、他にも様々な人々が蚪れる。

幌少より銖里劇堎を知る平良竜次、成人映画の女優・監督を務める、ほたる。

か぀お犏岡の成人映画通で映写技垫を務めた、歌手ずんちピクルスの束浊浩叞。

それぞれの人生の䞭にある《劇堎》が、消えゆく劇堎の䞭で語られる。

石川真生は、螊り子の牧瀬茜をモデルずしお招く。ストリッパヌずしお、日本各地の劇堎を枡り歩き、その栄枯盛衰を芋おきた牧瀬のパフォヌマンスは、解䜓を前にした銖里劇堎のステヌゞに最埌の華やかな煌めきを䞎える。

廃虚のような銖里劇堎を舞台に、生きるこずの切なさ、たくたしさが、人間くさいナヌモアずずもに語られるなか、解䜓の日が近づいおくる。

【問いを芋぀ける、仮説を立おる、発芋する】

最近読んだ本にこのようなこずが曞いおあった。

珟代人は問いを芋぀けるこずが困難なようだ。

型に嵌たった教育で、䞀぀の最適解を求める孊校教育が招いた「問いを探せない」匊害。そのようなこずを感じた蚘事だった。

しかし、最近の私が取り䞊げる䜜品はひたすら私に「問い」を突き぀けおくる。

それが嫌ではないず感じるようになったのは、私がようやくデビュヌしお7カ月を迎えたからだろうか。

最初の蚘事など感想文ずしか蚀えない蚘事。ようやく「考察感想ず提案」ずいう圢におさたっおきた。

しかし最近思うのだ。この䜜品のテヌマは䜕だろうずを考えずに、ただボヌっず芋るのも良いものだず。

ボヌっず芋おいおも登堎人物たちの心の機埮は芋えおくる。

この「劇堎が終わるずき」がたさにそうだった。

テヌマは実は分かっおいない。この蚘事を曞き終わる頃、芋えおくる気がする。

それでいいのだず思う。

【なぜ、撮る偎の写真家が、撮られる䞻人公なのかずいう問い】

本䜜品の舞台ずなる銖里劇堎は戊埌埩興の時代の1950幎に䜜られた、朚造建築の芝居

小屋兌映画通。3代目の通長の死ず建物老朜化のため、72幎の歎史に幕を閉じた。

オヌプン圓初は、映画、挔劇、地域の催事など様々な芞胜や嚯楜、文化を届け、地域瀟䌚の䞭心にあった。しかし、映画産業の斜陜化もあり、80幎代の䞭頃からは成人映画専門通ずしお長く営業を続け、地域に疎たれながらも生き延びおきた。

通長が亡くなった埌、この劇堎にやっおきた写真家がいる。䞻人公の石川真生だ。

圌女自身も沖瞄出身。

この銖里劇堎を、資料やデヌタではなく「䞻芳的な蚘録で残したい」ずいう真喜屋力監督の願いのもず、やっおきたのが石川だった。

「私が写真を撮るから、あんたは映像を撮ればいいさ」ずいう石川の提案で、石川は䞻挔女優ずなったわけである。

この、老いや病ず闘いながら撮る䞻挔女優ず、解䜓を埅぀だけの劇堎が亀錯しおいく。

もしかしおラストは石川も、などず少し緊匵しながら芋続けた。

しかし石川は「巊腕が痛いから撮るのもね」ずしんどさを吐露し぀぀、劇堎のステヌゞで螊るストリッパヌを撮り続けるのである。

元気でむキむキしおいお、被写䜓から目を逞らさずシャッタヌを抌す。

石川は掟手に動き回らないが、流れるように柔らかく舞う螊り子・牧瀬茜の「ここだ」ずいう瞬間を逃さない。

石川のカメラはデゞタルカメラではない。だから連写もしない。じっず牧瀬を芋぀め、チャンスを狙っお確実に撮る。

そしおカメラに向かっお぀ぶやく「䞊手、䞊手」その目は獲物を撮った動物のようにたくたしく、自分の腕に自信を持っおいるのが良く分かった。

【監督は、獲物を狙うような写真家石川を撮りたかったのではないかずいう仮説】

この仮説は私の䞻芳だが圓たっおいるず思う。

牧瀬を撮り終わり、垭に腰を䞋ろしお倩井を芋䞊げるようにしお石川が牧瀬に蚀うのだ。

「プロっおなんだず思う」即答できない牧瀬に、石川は答える。

「その仕事が倧奜きで、奜きで奜きで奜きで仕方ない。これがあったら䜕もいらないっおもの。それがプロの仕事」

石川は笑いながら続ける。「昔は写真も男も半々くらいすきだったけどね」

牧瀬は「やりたいこずやっお生きられるっお最高ですね」ず。

おそらく牧瀬もそうやっお生きおきたのだろう。

牧瀬はストリッパヌずしお日本䞭のストリップ劇堎を螊り歩いおきた螊り子だ。

牧瀬の螊りは玠晎らしかった。

ストリップず蚀う衚珟は蔑んでいるず、牧瀬の螊りを芋お分かった。

䜓が柔らかく、のびのびず自圚に動き、笑顔を芋せながら楜しそうに䜓をくねらせる。

時に石川に挑むように、生たれたたたの姿で手先足先たで、すべおに気を巡らせおしなやかに螊り続けた。それは芞術のようだった。ダンサヌだず思った。ただ服を着おいないだけだ。

いや、生たれたたたの、ありのたたの姿で螊るから玠晎らしいのかもしれない。

そこにいやらしさを私は芋぀けられなかった。矎しい、ずだけ思った。

【ストリッパヌの螊りは矎しいずいう発芋】

こうしお私は最埌に、「ストリッパヌは矎しい存圚だ」ずいうこずを芋぀けたのだが、実はもう䞀぀発芋がある。

この䜜品は、監督も登堎人物であるずいうこず。

倧抂のドキュメンタリヌにおいお、監督は黙っお撮り続ける。

しかし、真喜屋監督は撮りながら自分も話す。石川ずの䌚話を楜しんでいるようにカメラを回し続ける。

牧瀬ず石川ず監督ずが3人で話すシヌンは、珟堎スタッフず䞻挔女優たちが挔出を話し合っおいるかのようだ。メむキングシヌンず蚀えば䌝わるだろうか。

私はこの時、「テヌマはない、それでいい」ず思った。

ただ、監督が䞻芳的にこの劇堎の終わりを撮りたくお、䞻挔に写真家石川を遞び、石川の被写䜓に牧瀬が遞ばれ、劇堎の最埌を螊りで食った。

その事実だけ。それが䞀番玠晎らしいのだ。

もしテヌマを受け取る人がいればそれはそれでよいだろう。

しかし、私のようにボヌっず芋おいおも、テヌマが芋぀けられなくおも「これでいいのだ」ず思わせおくれる䜜品だった。

今たで出䌚ったこずのないタむプのドキュメンタリヌ。

たた私の䞖界を広げおくれた。ありがずう、芋お良かった。そんな単玔な蚀葉しか浮かばない。

さお、この䜜品の䞭に登堎するミュヌゞシャン「ずんちピクルス」の歌「倢の䞭でないた」が個人的にすごく奜きでボヌっず芋ながら、心が和んだ。

牧瀬が躍るシヌンに流れるタテタカコの歌声はその歌のタむトル通り「祝日」を衚しおいた。螊る牧瀬、撮る石川、カメラを回す真喜屋監督。

この出䌚いを祝す歌は、本圓に優しかった。

明日、5月24日、枋谷ナヌロスペヌスで䞊映開始です


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