3月14日、上映後のアフタ―トークレポ。
佐古忠彦(監督)、内村千尋(瀬⻑⻲次郎次女・不屈館館⻑)

1988年、東京放送(TBS)にスポーツアナウンサーとして入社。
スポーツ中継・スポーツニュース番組を担当した後、1994年報道担当に。1996年から「筑紫哲也NEWS23」でキャスターを務める傍ら、ディレクターとして沖縄、戦争、基地問題などを主なテーマに特集制作。
2006年から政治部で民主党や防衛省、デスクなどを担当、その後もキャスターを務めながら、ドキュメンタリー制作を続ける。
2016年「米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか」でギャラクシー賞奨励賞。
追加取材を経た劇場用映画初監督作品「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(2017)で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、米国際フィルム・ビデオフェスティバルドキュメンタリー歴史部門銅賞、日本映画ペンクラブ賞文化部門1位など受賞。
続編となる「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」(2019)で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。
2021年「生きろ 島田叡‐戦中最後の沖縄県知事」、2025年「太陽(ティダ)の運命」発表。
近年は「報道特集」で沖縄、戦争、政治などを主なテーマに特集制作を続けている。
昨年7月、今作との連動作品「沖縄県知事 苦悩と相剋の果てに」(RBCテレビ)を制作した。 著書に「米軍が恐れた不屈の男 瀬長亀次郎の生涯」(2018講談社)
「いま沖縄をどう語るか(共著)」(2024高文研)。
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名はカメジロー』
戦後沖縄で米軍に「NO」と叫び続けた政治家・瀬⻑⻲次郎の生涯に迫る。本映画祭の戦後 80 年企画の一作として、佐古監督の作品が約 8 年ぶりに東京での上映となる。

今回の上映のために沖縄からリモート参加した内村さんも「佐古監督が何度も沖縄に通い続けて瀬⻑⻲次郎を何度も取り上げてくれたおかげで、不屈館の来場者も増えています」とその意義を語った。
佐古監督は、沖縄での劇場公開時に観客の熱気に感動し「沖縄の桜坂劇場の入り口から 200 メートルくらい⻑蛇の列で、300 席あるホールは満席。100 人くらいの人が入れずに待っていた。
観客の一人から『ここに並んでいるのは見ず知らずの人だけれど、⻲次郎の思い出を語り合った』と言われました。
その熱気を目の当たりにした時に、⻲次郎さんの演説会はこんな空気だったのではないかと思った」と述べた。
また、現在の沖縄の現状を嘆き、オスプレイの飛行が日常となっていることに対し、内村さんは「⻲次郎はいつも大会や演説の先頭に立っていた人間。今の沖縄の現状を⻭がゆい思いで見ているはず」と亡き父・⻲次郎の思いを代弁した。
佐古監督は⻲次郎のカリスマ性について「今の政治家には考えられないくらい、⺠衆との距離が近かった。お互いを『あなたこそ不屈だ』と言い合い、もはや一体だった。

(C)TBS
⻲次郎さんは政治家がよく言われるような『先生』と呼ばれることが大嫌い。そんな性格にも彼の不屈がある。
そして『不屈』という言葉こそ、⻲次郎さんの時代から沖縄県⺠の心の中に引き継がれている言葉のような気がします」と語った。
最後に、戦後 80 年を迎えた現在、戦後が続く中で何ができるかを考え続ける重要性を強調し、新作『太陽(ティダ)の運命』にも注目を呼びかけた。
映画『太陽(ティダ)の運命』公式サイト『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』2部作の佐古忠彦監督が沖縄現代史に切り込んだ最新作!3.22(土)沖縄・桜坂劇tida-unmei.com https://tida-unmei.com/
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