筆者が小学生の頃、常に真っ白な手袋をしている子がいた。
ピアニストになるために、6年間一度も体育の授業を受けず、運動会にも出ないまま卒業した。
それくらい厳しい世界なのだということは、多少は知っていた。

しかし、この実話の世界はもっとシビアである。小学生と思える双子がコンテストに出場するシーンで映画は始まる。父親は「銀賞でいいのか?、目指すは一番だ」と言って、銀のトロフィーは車窓から捨てられた。この時、もしかしたら毒親の物語か?と思った。
緊迫だらけのシーン、姉妹に笑顔がない
だが、ジワジワと違う様相を呈してくる。
キャッチコピーにある「感動の奇跡」の展開は予想できないが、2人が大学生になった頃から、別の感情移入が始まる。
スパルタの父親のもと、何かあるとすぐに「パパになんていうの?」とそればかり考える二人に襲いかかるある困難が、緊迫の多かったこの物語を奇跡へと導く。
私はドキュメンタリーの考察ライターだが、この作品はあくまで実話に基づいた「映画」である。
そのため、現実を少し誇張することでエンターテインメント性を強めている。
実際、登場する父は、実に「嫌な奴」として存在感を放っている。
なんでも一番を目指し「さすがは俺の娘だ」が口癖の父親は、娘たちを所有物としか思っていない。
ボーイフレンドが出来れば、そこへ乗り込み「娘に手を出すな」とまくしたてる。
とにかくピアノ以外のことを認めない。

もう一人の「嫌な奴」は大学のレナート先生である。
最初のクラス分けで、姉のクレールを自分が受け持つ上級クラスに入れ、妹のジャンヌは下のクラス。そして言うのだ。
「本物さえいればコピーは要らない」

酷い、もっと言い方があるのではないか、と思う視聴者もいるだろう。
しかしこの言葉が、芸術の世界の厳しさを象徴していた。
姉妹を襲う突然の難病、しかしそれこそが解放への一歩だった
やがてこのレナート先生の卑怯なやり方(このあたり、ぜひ本編で味わってください)から、姉妹が巣立っていくのは清々しいと言える。
姉妹は家では父に、学校ではレナート先生に支配されていたが、姉のクレールの手の動きが悪くなったことで、物語は芸術の厳しい世界から一転、家族再生の物語へ変貌する。そして二人の笑顔のシーンが多くなり、「やらされてきたピアノ」が「大好きだったピアノ」に戻って行く。
そこから再起不能と言われた姉妹の反転攻勢が始まるのだ。
まず、それまで存在感の薄かった母親が登場する。彼女のおかげで姉妹は、本当にピアノが好きだということに改めて気付く。母親の出るシーンは少ないのだが、大きな役割を果たしている。
いつの時代もどこの国でも、我が子を身を張って助け、幸せにするのは母親なのだと痛感する。
自分の夢を捨て、娘たちの犠牲になり、雨漏りのする自宅で絵画教室を開く母親だった。
父親はいつも厳しく管理するだけだった。
ソリストではない、デュオの誕生
両手にギプスを装着し、扉を開くことさえできない生活を送ることになった姉妹。こっそり楽譜を見ている二人の一番最初の理解者となって大学復学に動き出す母。

そこで、表に出れば大問題になるような言葉で静かに学長を脅迫し、姉妹は復学する。
そして娘たちと母は一致団結した。(この脅迫内容は娘を守っているのかどうか、母親としての私は疑問だったが)
復学を知った父が怒り出す。
しかし母は言う。「私たちの娘よ、幸せになってほしい。あなたはいつか娘を失うわよ!」
病を経験したことで、技術は以前よりも落ちてしまったが、楽しく演奏ができるようになった二人。
彼女たちが小気味よく演奏する姿は、ピアノが義務ではなく「楽しかった」頃を視聴者に想像させる。
そしてラストシーン、いつも姉の陰に隠れていた妹のジャンヌへ声かける父親に、母親には出来ない父親ならではの愛を感じることもできた。
2025年2月28日〜3月20日までアップリンク吉祥寺にて上映中です。
ぜひ劇場に足をお運びください。その他の上映情報は公式HPよりご覧ください。
劇場OPEN 9:00- (閉館は最終上映の時刻によって異なります。)
tel. 0422-66-5042 joji@uplink.co.jp
〒180-8520 東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1パルコ地下2階
尚、実在する姉妹デュオ坂本彩さま、リサさまへのインタビューは本WEBサイトからご覧になれます。ご一読ください。
坂本姉妹さま公式サイト はこちら。
「 デュオ 1/2のピアニスト 」公開記念インタビュー(ピアノ・デュオ 坂本彩、坂本リサ姉妹)
文:栗秋美穂